将軍の情報 | ||
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![]() | 階級 | 中尉 |
HP | 120% | |
コスト | 1455 | |
歩兵 | ★★★☆☆★ | |
装甲 | ★★★★★★ | |
空軍 | ★★★★★★ | |
火砲 | ★★☆☆★★ | |
海軍 | ☆☆☆★★★ | |
行軍 | ★★★★★★ | |
スキル | 効果 | |
掩体Lv1 | 敵のミサイルユニットからのダメージを6%無効化する | |
建築学Lv3 | 滞在する都市を修復する。毎ターンHP+18 | |
縦深防御Lv2 | 周囲にいる要塞ユニットを修復する。毎ターンHP+8 | |
ポーランドの顔役...だが性能はシルバー最弱
1939ポーランドの将軍兼顔役。それ以外は存在感がなさすぎる。歩兵将なのか火砲将なのかよく分からない人。
シナリオの一発目の電撃戦くらいしか主な出番がない。冷戦では火砲に乗っていることが多い。ただソ連の将軍の方が彼よりも格段に厄介なので...ねえ...
ポーランドが出演するゲームモードやシナリオではよく出演する。
イベント「ポーランド戦役」ではワルシャワに滞在。ぶっちゃけ性能的に見ても都市に篭もらせる位しか使い道が無いのに、歩兵なので都市攻撃を受けるとすぐにやられるという使えなさ。正直、このイベント戦限定で、彼の初期スキルがもっと強くてもよかったと思うのだが。
行軍がなんと★5、また歩兵が★5まで上げられ、火砲も★4まで挙げられるのは良いが、階級も低くスキルも完全に防衛向きであり、作中屈指の死にスキルが3つも集まっている事から、彼を攻略や性能目的で雇う人はまずいないだろう。
歩兵と火砲が伸びる人として、張自忠がいるが、あちらの方が有能(顔もイケメン)。
こちらは、歩兵としても火砲としても固有のスキルが無く、どちらに載せようが火力が弱い。
得意の機動力を生かして「衛生兵」に載せる手もなくはないが、それならアーノルドあたりを載せた方がまだマシだろう。
縛りプレイでも雇用するべきでない。(個人的になぜシルバー将軍扱いなのか不明である。スキルの空きがあるという救いがあるのは良いけど......)。
一応機動力も高くて火砲の機動の遅さを補えるため、1939のポーランドのプレイをするときは彼をうまく使ってドイツの将軍を屠ろう。
アップデートによりポーランド将が二人?追加され、イタリアやフランスと同じ人数になった。これにより、限定的だが超変態向けのポーランド将縛りが出来るようになったので、「ポーランドは未だ滅びず!」と唱え、故国の地を守らんとする英雄は彼を雇っても良いかも.....しれない。
次回作に期待しましょう。
シミグヴィを雇った紳士の方向け。長いので縮小。 |
エドヴァルト・リッツ=シミグウィ(Edward Rydz-Śmigły, 1886年3月11日 - 1941年12月2日)はポーランドの軍人、画家、詩人、政治家。ナチス・ドイツとソ連によるポーランド侵攻のポーランド元帥・ポーランド軍総司令官。
「シミグウィ」とはポーランド語で「素早い」を意味する。
ポーランド侵攻時には「和平が締結される前にポーランド共和国大統領が空席になった場合の後継者」に一時期任命された。
オーストリア=ハンガリー帝国領ブジェジャニ近郊ワプシン(現ウクライナ領)に生を享ける。家系はドイツ系ポーランド人。1910年頃ウィーンに遊学しテレジア士官学校に入学。
1919年、ポーランド・ソビエト戦争では戦闘によりヴィリニュスおよびダウガフピルスを占領した。その後、ラトビア軍の最高指揮官に就任し、ソ連軍からラトガレを奪還。続いて、赤軍第12師団を壊滅させ、キエフをも手中に収めた。ワルシャワの戦いでは中央軍を指揮し、ワルシャワを死守。その後は攻勢に転じ「ヴィスワの奇跡」と言わしめた。
1935年5月13日、ピウスツキの死後、物議を醸したもののポーランド軍監察総監に就任。翌年ポーランド元帥に昇進。
1939年9月のドイツ軍の侵攻には、最高司令官としてワルシャワの死守とルーマニア橋頭堡での持久を計るが、9月17日にソ連軍が侵攻すると、戦闘を避けながらルーマニアへの脱出を国軍に命じると共に、自らも政府要人と共に、ルーマニアに脱出したが抑留された。その後職を辞任し、権限をシコルスキー将軍の在仏ポーランド亡命政府に移譲する。各地を転々としながらワルシャワに戻るも、心臓発作により享年55で死去。
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また、彼は物議を醸している人物であり、以下の
・国家主義的・ファシズムの主張に近い政治的活動を行う。
・ヴァレリー・スワヴェク元首相の自殺の大きな原因になる。
・ザオルツィエ占領計画の支持などによりナチ・ドイツの侵略を知らず知らずの内に増長させていたとする戦前の行動。
・ポーランド侵攻時の楽観的で致命的な戦略ミス。
・開戦直後、東からのソ連侵攻を警告する声を無視する。
などの経歴を挙げ、戦間期から戦中においての軍人・政治家としては否定的な評価を下す人も多い。
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