#author("2019-03-20T19:23:51+09:00","","")
*将軍 [#z1e94c75]
#author("2024-02-13T18:43:43+09:00","default:Tenshu","Tenshu")
*朱徳 [#z1e94c75]
|>|>|~将軍の情報|
|&attachref(朱徳.png,,60%,title);|~階級|少将|
|~|~HP|143%|
|~|~コスト||
|~|~歩兵|4|
|~|~装甲|0|
|~|~空軍|0|
|~|~火砲|2|
|~|~海軍|0|
|~|~行軍|1|
|~|~コスト|1125|
|~|~歩兵|&color(silver,navy){★★★★☆};&color(navy,navy){★};|
|~|~装甲|&color(navy,navy){★★★★★★};|
|~|~空軍|&color(navy,navy){★★★★★★};|
|~|~火砲|&color(brown,navy){★★&color(silver){☆☆};};&color(navy,navy){★★};|
|~|~海軍|&color(silver,navy){☆☆☆};&color(navy,navy){★★★};|
|~|~行軍|&color(brown,navy){★&color(silver){☆☆};};&color(navy,navy){★★★};|
|~スキル|>|~効果|
|歩兵指揮官Lv3|>|歩兵ユニットを指揮する時に、24%の確率で致命的な一撃を与える|
|兵員の補充Lv1|>|ダメージを受けた歩兵ユニットを回復する。毎ターンHP+3|
|遊撃戦Lv2|>|歩兵ユニットを指揮する時に、24%の確率で敵を反撃不能にする|
||>||
||>||

**概要 [#dd90e29d]
征服では珍しく全年代に掛けて登場している。''[[彭徳懐>HQ/将軍/彭徳懐]]''に次ぐ''&color(Red){人民解放軍の顔役。};''
普段は中国の奥地にいる事が多く、なおかつ近付いたら攻勢を仕掛けてくるので
1939・1943日本プレイをする時は近寄らず後回しにするのが身のため。
1980では重慶で孤立している為、中国軍の顔役としては首都近くの許世友に役を譲っている様な気がしなくもない。不幸な事に中国の近くにはウィリアムズやタイタン戦車が跋扈していながら、彼自身は歩兵なのもあり基礎火力が低い事が災いして瞬殺される。

**備考 [#dd90e29a]
そんな彼はスキルに無駄がない。強化しきればブロンズ将軍にしてはかなり強くなる。ただ、価格が少々高く、強化にもある程度勲章が必要なので''[[ルントシュテット>HQ/将軍/ルントシュテット]]''40%引きを買ったほうが安い。

朱 徳(しゅ とく、ヂュー・ドゥー、1886年12月1日 - 1976年7月6日)は、中華民国・中華人民共和国の軍人、政治家。原名は朱 代珍、朱 建徳、字は玉階。中国共産党入党以来、軍事部門を指導し、中国人民解放軍の「建軍の父」と評される[1]。
***性能 [#de293d6d]
ブロンズ将軍縛りであれば''[[ハインリツィ>HQ/将軍/ハインリツィ]]''に並ぶ強い歩兵将となる(ハインリツィが''[[マッカーサー>HQ/将軍/マッカーサー]]''で朱徳がルントシュテット的な立ち位置である)。

今作の歩兵は弱いので縛りでも雇う意味はあまりないが、ブロンズ将軍の中では階級が唯一の将級(少将)でありかなりタフである。一応強化しきればブロンズ将軍縛り下では火砲将軍として使えることもないが、スキルが全て歩兵専用であり、おすすめはできない。
***前線モードにおいて [#v1d1e1a5]
前線ではとにかく火力不足が深刻である。現在の攻略情報では山下を主力歩兵将とするのが一般であるが、それでも火力が足りないことがある。その時に、''急遽雇い入れる''歩兵将軍として、コストと強さの点で候補に挙がりうる。他の候補と比較すると、
・マンネルヘイム:&color(#0000ff){ポテンシャルは朱徳を上回る};が、コスト対強さの点で劣る。階級が低いのも難点。
・チトー:スキル「遊撃戦」持ちである程度強化すれば安さの割にかなり強い、が火力向上スキルを持っていない&朱徳と同じ階級にしようとすると&color(#9900ff){余分に1150勲章がかかり};、コストで朱徳に負ける。
前線モードで苦戦している方は彼を第2歩兵将として雇うことを検討してもよいかもしれない。
**史実 [#dd90e29a]

朱 徳(しゅ とく、ヂュー・ドゥー、1886年12月1日 - 1976年7月6日)は、中華民国・中華人民共和国の軍人、政治家。原名は朱 代珍、朱 建徳、字は玉階。中国共産党入党以来、軍事部門を指導し、中国人民解放軍の「建軍の父」と評される。
朱徳は中華人民共和国建国後、元帥の首席に列せられ国家副主席や全国人民代表大会常務委員会委員長(国会議長に相当)などの要職を歴任した。また、1975年1月の憲法改正によって国家主席が廃止され、全人代常務委員会が国家元首の権能を果たすようになったので、1976年に死去するまでの間、朱徳が中華人民共和国の国家元首格(在任:1975年1月17日 - 1976年7月6日)であった。中国共産党中央委員会副主席を歴任。
**エピソード [#bdaff323]
***エピソード [#bdaff323]

**コメント [#zae27a58]
朱徳は毛沢東とは同じく農村の出身であり、肝胆相照らす仲として、毛沢東と刎頸の交わりを結んだ。「毛朱」或いは「朱毛」と並び称され、敵の多い毛沢東にあって、終生変わらぬ友情を保った。

かつて人民元の100元紙幣に毛沢東・劉少奇・周恩来と並んで朱徳の肖像が描かれていた。


*コメント [#zae27a58]
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